某月某日
たくさんのモニターを使うひとというのは、なんだか怪しい印象が私にはある。
株の動きをモニタリングしているひと。遠隔カメラの映像を眺めているひと。
それでも、開発において、モニターは大きかったり複数あったりしたほうがいい。
たくさんのものが一度に表示できるからだ。
それでも、デザイナーがもとめる大きさというのはそんなにばかでかいというわけではないとは思うけれど。
27インチのモニタがあれば、まずことたりる。いや、ことたりた、というべきか。
装丁とかウェブデザインとかだと、それで十分だ。
30インチのCinema Display。あれはとてもよかったが、中古でなかなかいいものが出ない。
私の目下のメインマシンは15インチのMacBookPro Retinaだが、これは沢山表示したいときは、文字が小さくなるが仮想的に1920×1200表示にできる。モニタでいうと23インチくらいの情報量。仮想的というのは、それでも実際はもっと細かく情報を表示しているからだ。
開発でストーリーボードがよく練られていない段階でXcodeとかプロトタイピングツールとかを動かしちゃった場合、もうどんどん画面が必要になる。
テキストを表示するウィンドウ。テキストエディタだけでも、英語が得意なやつと日本語が得意なやつなど複数起動している。
さらに、いまのiPhoneやiPadは解像度がすさまじい。Retinaと付いている機種はみんなそう。
iPhone 5Sでいえば、縦が1136ピクセル、横が640ピクセル。画面解像度は326ppiにもなる。
iPad Airに至っては2048×1536ピクセル解像度、264ppi。
それより小さいiPad mini Retinaはさらにすごい。なにがすごいって大きさは小さいのにピクセル解像度はiPad Airと同じ2048×1536ピクセル解像度なのだ。だから画面解像度はiPhone5sと同じ326ppi。すごい世界だ。明朝体が吸い付くような美しさである。
じゃあ、まだ販売されているiPad2とかiPad miniとかがすごくないかといえば、そんなことはない。どちらも1024×768ピクセル解像度。十年前くらいのパソコンの画面を全画面表示していることになる。
これくらいの画面であれば、大きなモニタでは二画面とか設計できる。縮小して表示させればもっと。
でもRetinaの怖いところは、それでデザインしているのでは仕事にならないこと。
ジョブズさんは、アップルの社員を、地球上で最も優秀なエンジニアというような表現で褒め称えることがあった。それは間違いなくある意味で正しい。
ただ、私は天才でも秀才でもないので、彼ら彼女らのロジックや世界観を必ずしも共有できないし、追いつけない。
Retinaでデザインすること。それは仕事場に100万くらいする4Kディスプレイ(まだ製品化されているものは少ない)を並べて、最新型Mac Proにケーブルをつなぎまくって、はじめて「等倍」で仕事ができる世界だ。
かっこいいが、お金がかかりすぎる。
かくして、私は、そんなもののない世界で、こつこつやるしかない。
商売は、短く持って、こつこつ当てる。金言である。