『謎床』の「はじめに」と「おわりに」を公開中

 

はじめに ドミニク・チェン

 私は、知の巨人とも称される松岡正剛に師事するために、編集工学研究所の門を叩いた。本書は、その出会いの十数時間についてのつまびらかな対話の記録である。
 当初、たくさんの問いを脳裏に畳み込んでから入門した。空海の幻視したインドラ・ネットワーク(重々帝網)とインターネットの相似と相違について、富永仲基の「加上」とローレンス・レッシグのフリーカルチャー論について、庭(しま) における「見立て」と複合現実(ミックスド・リアリティ) について、発酵と連歌における集団的創造のネットワーク構造について。
 だが、道場を退出する頃にはそれらの問いは解けるどころか、別の問いに変形しながら増殖していった。これこそが松岡正剛という「謎床」の恐るべき作用であり、この文章を書いている現在もなお、私という存在を活性化させてくれている現象なのだ。

 もとより、情報とは何か、ということを研究する者として、もっと深く知りたい、理解したいということが常に頭の中を渦巻いている。そして情報技術を扱う事業の実践者として、よりよい未来を構想して具現化するために、ただ摂取する知識を増やすだけではなく、より本質的な問いを自他に向けて表現し続けることが、何よりも重要な作業となっている。
 そんな私がここ最近抱えていて、松岡さんとの対話でぶつけたいと考えていた問題意識を一つのフレーズに凝縮すれば、それは「日本とは何か」という短い問いになる。
 私は日本で生まれ育ち、今も生活の拠点を置き、仕事と家庭を作ってきたが、いまだに日本という概念の全体が把握できないでいる。いや、日本という謎に魅了され、翻弄され続けていると言った方が正確だろう。幼少の折からフランスの教育を受け、大学ではアメリカ的なリベラルアーツを享受した身としては、日本という文化の持つ時間的な深度は、好奇の心を滋養する現象の源泉として映るのだ。
 そんな私からすれば、巷間に溢れている、「日本人」を他国の人間と比較して礼賛したり、逆に卑下したりするような扇情的な論調のほとんどは無意味、無価値である。国と文化の境界線が融解して久しいこの世界において、国民=国家という旧い社会的技術にアイデンティティを求めることは、人間の潜在的な能力を著しく狭めることにつながるからだ。ナショナリズムに閉じこもり、社会問題を他者に帰責させて排斥するという反動の大きなうねりは今日、かつての超大国アメリカ合衆国を筆頭に、世界各国を巻き込みつつあるが、日本も例外ではない。
この状況のなかで、日本というテーマを国家制度としてよりも、あくまで地域文化的な特性として、好奇心に駆動された情熱を傾けながらも相対的な距離を保ったまま研究している人たちも少なからずいることに、希望の萌芽が見て取れる。私にとって松岡さんとはその中でも代表的な存在である。
 松岡さんは、日本の根本的な特質に関する書籍をたくさん書き、さらには古今東西の書を読み解くブックウェア・サイト『千夜千冊』を継続しながら、あらゆる知を編みなおす編集工学というメソドロジーを構築している。そこで浮かび上がる「日本」像は、日本の山林のビオトープのように複雑で、多様で、そして子どもの頃からコンピュータとインターネットと向き合ってきた私にとっては特に、新しく感じられるのだ。特に衝撃を受けたのは、『空海の夢』(春秋社)という作品だった。
 ごくごく最近読んだのだが、現時点から三〇年以上も前、自分がわずか三歳の赤ん坊の頃に書かれたこの本が、いまを生きる私の思考になお多くのインスピレーションをもたらすという事実に驚愕の念を覚えずにいられなかった。そして、彼にこそ自分の持ち得る知識の限りをぶつけて、その衝突の内から生成される新たな問いの粒子を捕捉したいと思うようになった。
 またその想いを後押ししてくれた出来事もあった。物理的に接触する以前に『千夜千冊』一五七七夜にて、博士論文を基にした書籍『インターネットを生命化する:プロクロニズムの思想と実践』(青土社)と『電脳のレリギオ』(NTT出版)に関するレビューを書いていただいていた。つまり、私と松岡さんの非同期的な対話は、書物を媒介にして既にふつふつと醸成していたのである。

 実際に編集工学の門戸を叩き、書き言葉ではなく話し言葉でその対話を継続するにあたって、私はどうしても「師弟関係」ということを考えていた。私たちには親子ほどの年の差があり、松岡さんはちょうど私の生きてきた倍の時間を経験しているという事実だけでも、この対談が決して対等なバランスの上で成立するものではないことを示すに十分である。普通はそう考えるだろう。
 しかし、実際に対話を重ねていくうちに、私は奇妙な感覚を抱き始めた。数時間が経った頃には、目の前の松岡さんはステレオティピカルな老師とはかけ離れた存在であることに気が付き始めた。つまり、これまで私が尊敬する年長者たちと対話してきたのとは明らかに異なるコミュニケーションの構造が、この対話において表出していたのだ。

 いわゆる師弟関係には大別して二種類があるように思う。ひとつめは、たとえば、特定の技術を習得する、というような合理的な目的が設定されていて、その伝授が双方の最優先の事項として認識される場合においては、非対称性、つまりどちらかがどちらかに一方的に教授するという関係が、円滑な学習を助けるに違いない。
 卑近な例で言えば、運転免許の教習場でいちいち教官の教えるテクニックに疑義を呈していたら、いつまで経っても車を運転できるようにはならないし、免許も取得できないだろう。この場合、単純に双方の技量の差が客観的にも主観的にも明らかなので、一方が与え、一方が受けるという関係が最適である。そのため、年長者が年少の熟達者に教わるということもある。また、武道や茶道といった「~道」における師弟関係も、こちらのパターンが強化されたものだといえるだろう。
 今はだいぶ腕が錆びついているが、私は剣道の有段者でもあり、武術における守破離のプロセスは身体的に獲得している。疑問を挟むことなく型を守り続けた先に、その強固な殻を自然にうち破る自由度の発現のフェーズがあり、そこからさらに技法が発酵すれば内在化したプログラムが自律的に変形する領域にまで離れる時点がある。この場合の師は、学習曲線が可能な限りなめらかになるように学習者に伴走する存在である。

 もうひとつの師弟の関係は、もっとオープンエンデッドな、無目的なものだ。このような関係性は通常、社会のなかで制度化されにくい。それは目的や落とし所が設定されないため、一方が対価を支払ってもう一方から教わるという形式をとらないからだ。
 たとえば一方的に惚れ込んだ相手に、その著作を読んだり、今ならネット上の発言をフォローしたりしながら私淑する、あるいは、対等な関係においてもお互いに欠けている知見を補完的に交わし合う、といった場合がこのケースにあたる。
 このような形式の対話は、特定の着地点に収束させる必要に縛られないため、自由に問いを発し、応答しあうことができる。この自由な時間を共有するためには、共通の言語や文脈が必要になるが、英語で文脈を意味するcontextがラテン語のcontexere、「共に編む、作る」という語から派生した名詞であるように、それ自体、対話のなかで育まれていくものでもある。私はこのモデルをソクラテスの助産術にちなんで「コンセプトの助産としての編集」と呼び習わしている。高い密度を孕む対話においては、片方の話者が表現した内容が次の瞬間にはもう一方の話者の表現の構成要素となる連鎖が引き起こされる。
 私にとっては幸運なことに、松岡さんとの対話をまさに後者の時間として体験することができた。対話を始めてからすぐに、あらゆる事柄について考えを自由に交わせるようになったのだ。これはなぜなのか。以下、この「松岡正剛というシステム」の謎を少し構造解析してみたいと思う。

 まず、思い返せば、環境的な要因が挙げられるだろう。対談は数回にわたって、世田谷は赤堤にある編集工学研究所内の「本楼(ほんろう)」で行われた。天井が吹き抜けた倉庫のような空間に、松岡さんの蔵書が約二万冊配架されている本棚が壁面や柱に埋め込まれているこの接客空間は、あたかも異次元への入口さながらの空気を醸している。まるで映画『インターステラー』 の終盤で主人公クーパーがブラックホールの中の特異点(シンギュラリティ)を超えて迷い込む四次元の超立方体(tesseract)のように、過去から現在に至る松岡さんの関心を滋養してきた無数の書物の気配を浴びているだけで、知の母胎のようなものと臍の緒で接続しているような感覚を覚える(実際に行ったことのある人には共感してもらえると思うが、まだの方にはぜひ一度訪問されることをお勧めする)。
 それは言ってみれば無縁所(アジール)、もしくは聖域(サンクチュアリ)の中にあって、現世の利害関係や目的意識から解放されているという感覚に近い。この場の構造(アーキテクチャー)が無目的な発話をも促進するとすれば、いまの私はそれをどのように再現できるのかという問いを考えてしまう。
 たとえば私のノートPCからは、クラウドストレージに格納されている数百冊程度の本のデータが、検索テキストに即応してアクセスできるが、その存在はフォルダの中に畳み込まれており、基本的にはこちらから呼びかけないと立ち現れることはない。
 しかし、「本楼」や、良く設計されている大規模な図書館や書店においては、少し視線を四方に走らせるだけで書名が自ずと意識に入ってくる。この知識の身体的なランダムアクセスを可能たらしめる森林浴ならぬ書物浴の状態をデジタルで作り出すためには、デスクトップメタファーのGUIでは難しく、ウォークスルーが可能なバーチャル・リアリティ空間が適しているだろう。
 なかでも、「本楼」が図書館や書店とはまったく異なる空間となっているのは、それが「松岡正剛」というパーソナルフィルターを通過したセレクションであり、かつ、その読書の履歴がレイアウトの中に染み込んでいるということだ。つまり、「本楼」とは松岡正剛という存在の来歴が、糠床(ぬかどこ)の捨て漬け野菜のように融け込んでいる場であると言える。そして、それを設計し、熟成させてきた松岡正剛という人自身も「ひとつの場」のような存在であることに気づく。
 まるで「本楼」に配架してある膨大な書物と神経接続しているかのように、こちらから投げかけるあらゆる事柄について、即座に知識の蔵から関連する概念や事象がその根茎ごと掘り出され、さらに芋づる式に他の関連する知識も引き出され、議論の俎上に供される。しかもその根茎は、古代ギリシャから当日起こったニュースに至るまで、新旧の知が入り乱れる時間軸を持っている。

 昔、インド人の友人から、インド文化を理解するにはマーヤー(幻)という概念が重要であると教わった。現実世界は幻であり、本当の世界は隠れている。マーヤーを観想するイメージのひとつとして、すべての菩提樹は地下の根茎を通して.がっており、そのネットワークこそが真実の世界を現している、と。
 松岡正剛その人の中でも、大量の書物から吸収された人文知識の地下茎(リゾーム) がざわざわと蠢いていて、呼びかけに応じて新たな問いが古い知識から絞り出されるシステムを構成させている。そして、その自律的な挙動が、私という眼前の年少者に対して一般社会的なバイアスを被せることなく、私の拙い問いの数々にニュートラルに接してくれたことに対して、私は今も感謝の念に堪えない。

 本書のタイトルである「謎床(なぞどこ)」は、この対話の最後に二人の会話から出てきた造語だ。
 野菜を入れると乳酸菌たちが発酵を通して滋味溢れる漬物を返してくれる糠床のように、知識を投入すると思考を進めるための素材としての問いを返してくれる器。
 私にとっての松岡正剛という存在は、まさにそのような謎床そのものである。

 今回、私が松岡さんの相手としてどれだけの謎をお返しできたかはまったくわからない。しかし、私はその知性的な態度を継承していき、そのコミュニケーションのパターンの種を方々に散いていきたいと思う。本書でもたびたび議論の対象となっている、あらゆる情報が即時にインストールできる現代の環境において、いかに本質的な謎、つまり問いを生成できるかということは、人間を人間たらしめる最も重要な要件となると私は考えている。その上で、社会の中での多様な人々による自由な対話において、それぞれが互いにとっての謎床として機能できるとすれば、相互の自律的な学習が最大化されるだろう。
 その「問いの発酵器」は人間同士の場合を指すこともあれば、人間の存在を人間とは別の角度で熟知する異質な発酵器としての人工知能のようなシステムをデザインすることもできるようになるだろう。近い未来において、誰しもが自ずと、より多くの、深い問いと出会うことができるようになるはずだ。

 この対話の中で交わされた問いの数々の振幅が、一つでも興味深い謎を読者の中で引き起こせることを祈りつつ。そして願わくは、読者諸賢がそれぞれのコンテキストに整合する謎床と出会えますように。

  二〇一七年二月吉日  於・東京 四世代目の糠床を仕込み終えた夜に

 

*  *  *

 

おわりに 松岡正剛

 謎床とは、おもしろいタイトルになったものだ。
 床はトコともユカとも訓むが、謎床の床は苗床(なえどこ)や寝床(ねどこ)や温床(おんしょう)のトコで、何かが熟するところをさす。苗が育つところ、熟睡ができるところ、ついついそこに居たくなるところ、そのようなトコである。本書では「謎を育くむ床」がめざされている。
 このトコは謎に答えを出そうというのではなく、謎を植えたり発酵させたりするための床だ。うまくいくとその床から株分けができる。分けられた株には少しずつ謎がシェアされていく。本書は、そういう謎床に出入りさせると活性化しそうな「知の糠(ぬか) 」あれこれや「ソフトな触媒」なにがしを、私とドミニク・チェンがふんだんにまぜまぜしてみた本だ。
 かなりさまざまな素材や事例を動員し、いろいろな撹拌と創発を試みたと思う。それでどんな「知の株」をふやすことができるのかが、本書の狙いになっている。私は意味を扱う編集屋、ドミニクはデジタルネイティブの構想屋なので、二人で情報や知識がコンピュータ・ネットワークをどう動くのかということを問いながら、新たな謎や古い謎をビッグデータ時代の二一世紀のソフトウェアがどのように相手にすればいいのかを議論した。

 そもそも謎とは何かというと、古代においては全知なる者が無知なる者を導くための問いかけのことだった。スフィンクスの謎やミリンダ王の問いがその代表だ。そこには「朝は四本足、昼は二本足、夜三本足。これは何だ?」というようなヒントが隠されていた。問いそのものが暗示的なのである。
 その後、神学や科学や数学や医療が確立していくと、謎は神々の管掌から離れ、しだいに学知の中に組み込まれて、設問をつくることとそれに答えることとがワンセットになり、ロジックでかためられるようになった。そのぶん新たな謎がそのようなワンセットがまだできていない領域にはみ出ていって、宇宙の謎、生命の謎、良心の謎、人間本性の謎などが語られた。
 自然科学や人文科学や社会科学がそこそこ出揃ってみると、合理(ごうり)で説明できないものはないという矜持が蔓延した。しかしそんなはずはない。案の定、それらとは別の謎の提出の仕方に新たな注目が集まっていったのだ。物語や説話や昔話、探検や博物的収集、シェイクスピアやラシーヌの悲劇、近松の世話浄瑠璃やグリムの童話、バッハの音楽やターナーの絵画や建築物、ランボーや宮沢賢治の詩、カフカやボルヘスの文学作品というふうに。これらは合理では処理できそうもない謎を引き受けた。
 一方、産業革命以降は機械が自立して、「余計な謎を生まないシステム」がありうることを立証していった。それらのシステムにはもちろん未知も不可知も無知もあるのだが、それは謎ではなく不備や欠陥なのである。
 こうしてシステム工学が発達し、やがてそれまでの力学的な処理機構にさまざまなソフトウェアが乗るようになった。最初は織物の文様などが処理されたのだが、チューリングマシンの登場とシャノンらの通信理論の確立をきっかけに、これらは一挙にコンピュータ・システムとして牙城を築いていった。それで、どうなったのか。謎の多くはクエリーとして扱われ、謎の本質はインターネットの普及とともにアクセス数と協調フィルタリングの波間に浮沈するだけになっていったのだ。

 いまICT社会では、溜まりに貯まったビッグデータとすぐれたセンシングテクノロジーを営倉として、どんな仕事にも対応できる人工知能やロボットの開発が急がれている。いつかはIoT社会が到来するのではないかという展望を語る者も多くなってきた。
 それならこのままいけばICT社会のどこかに謎床が生まれていくのかといえば、いささか心配だ。そこで本書は、私とドミニクが連想につぐ連想を自由に語りあって、つまりはロジカルよりもアナロジカルな語りのプロセスを重んじて、いったん謎の親株と子株と孫株を組み直してみようというふうにした。
 コンピュータ・ネットワークのシステムは基層ががっちり組まれて、その上にさまざまなしくみが載っていけるようになっている。そのため、たとえば言語処理という機能はシステムのどこかの一部で走り始めたら、途中のどこかでいじれるようにはなっていない。また、現在のスマホがそうであるが、ユーザーはこのしくみを使うにあたっては、何の躊躇も疑問も抱かないようになっている。そのため、システムは起動したら最後、そのシステムが用意したルールでだけ動く。
 このような特徴は、産業革命期にあらわれた機械の機能そのままだ。つまりは親機能・子機能・孫機能は、そのレベルの回路に位置づけられているのだ。しかし力学系の機械ならそれでいいのだが、現在のICTは思索や知能や学習の代行をしようというのだから、そうはいかない。そこには人知や感覚や身体の事情がかかわってくる。また相互コミュニケーションで生じる価値観もかかわってくる。
 そこをどうにかするには、まずは回路漬けになっている親株と子株と孫株を好きに動かしてみる必要があったのである。ICTでおいしい漬物(つけもの)をシェアするためには、謎床をかきまわす必要があったのである。

 本書が扱った謎は、わかりやすく大別すると三つある。
 ①情報はどのように育まれて多様な変化をおこしていけるのかという謎、②コンピュータ・ネットワークで編集力を使えるようにすると、何を創発できるのかという謎、③日本人や日本語や日本文化にはどんな床があったのか、その「日本床」について何を考えればいいのかという謎、この三つだ。
 ①の謎の起源は生命のしくみにある。生命の本質は情報が高分子化することで発現したのだから、謎床の株をふやしたかったら生命と情報の関係に学ぶべきである。生命は情報複製によって進化してきたが、たんに複製していては多様性は生まれなかった。多様性はコピーミスがつくったものだ。そこに環境との相互作用が生まれて多様性がつくられた。
 では、われわれは二一世紀のいま、「情報多様性という世界観」を保持しながら、どの程度のミスを許せばいいのかということが、この謎の根底にかかわってくる。
 ②の謎は、システムとユーザーの関係にどんな編集力を加えていけば、新たな創発に向かえるのだろうかという謎だ。この謎では、人間の知恵やコミュニケーションの充実を、高速大容量の情報がやりとりされるウェブソサエティの只中でいったいどのように掬(すく)いとっていけばいいのかが問われる。
 編集力の醍醐味はアナロジカル・シンキングの進行を相互記譜していくところにある。これはロジカル・シンキングでかたまりつつあるグローバル資本主義の技術の壁に有効なゆさぶりをかけられる可能性をもっている。それならかつて謎の歴史に説話や浄瑠璃や不条理文学が登場したように、インターネットの集合知から新たなバッハや近松やボルヘスが登場していいはずなのだ。
 ③の謎は日本にかかわっている。戦後日本は政治的な日米同盟のなかで対米従属的な社会を日本列島のそこかしこに組み立てた。これでは日本がもともともってきた「床の力」がどう発揮できているのかが、わかりにくい。トランプのアメリカ、メイのイギリス、習近平の中国、プーチンのロシアがいったん国際的なアライアンス状態から少々退いて自国文化の再認識をしようとしているとき、日本がこのままでいいとは思えない。
 ところが肝心の足元の「日本床」にどんな特色があるのかが、あまりに看過されてきた。そこを問えるような謎床がジャパン・ファーストではなくジャパン・プロセスとして、いまこそ求められるべきなのである。

 本書の企画は晶文社の江坂祐輔君がもってきた。「ぼくの年来の友人のドミニクが松岡さんの『空海の夢』を通過していきながら、そこに今日的なデジタル知を付与していくという対談はどうでしょうか」というものだった。
 ドミニク・チェンのことならすでに『インターネットを生命化する:プロクロニズムの思想と実践』を「千夜千冊」で採り上げていたので、関心はあった。発想もキャリアもおもしろそうだし、才能も感じていた。それに『空海の夢』とインターネットが呼応するというの
は、エキサイティングなことだった。よろこんで引き受けることにした。
 ただし対話というものはテキストを相手に進行するよりも、やはりナマの人間どうしが一触即発の意図と意表によってオーラルに連鎖していったほうがいい。触発連鎖的であるべきなのだ。そこでともかくも、三回にわたって数時間ずつの談論風発を試みてみようということになった。
 ドミニクが私から引き出したかったことについては、まえがきにも本文にもあきらかである。一言でいえば、日本の社会文化ではどのように創発力が形成されてきたのかということだ。私はこの注文を自分が熟知している日本文化論のほうから返していくのでは、何かが接ぎ木になるだろうと思ったので、冒頭から二人でまぜまぜをやりとりするようにした。ドミニクの対応はとてもすばらしかった。
 途中、私の体に異常が発見されて、その回復のためにずいぶんお待たせをかけることについては、本文にその事情が述べられている。それを含めて、本書は私のレジリエンスを支えてくれた。進行と構成に尽力してくれた松岡事務所の太田香保にもお礼を言いたい。

  二〇一七年五月吉日                    記す


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