人志とたけし

――芸能にとって「笑い」とはなにか

杉田俊介 著
四六判並製 296頁
定価:1,925円(本体1,750円)
978-4-7949-7246-0 C0095〔2020年12月〕


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すべてが「ネタ」化する日常。
なぜ、芸人が「現代の象徴」になっているのか?
2020年、お笑い界に巻き起こった「地殻変動」とは

noteでも大反響!
鋭利な視点で、お笑い×芸能から社会を読み解く。

[対談収録]
・九龍ジョー氏
・マキタスポーツ氏
・矢野利裕氏
・西森路代氏

第1章では、2019年夏にnoteで大反響を引き起こした批評文、「松本人志についてのノート」を軸に、松本の「わからなさ」と笑いの深層に迫っていく。
一方で対極的なあり方をしているビートたけし/北野武について、「芸能界の王様と道化」を一人二役的に演じてきた状況に吹き込む虚無的な風の行方を探る。芸能の臨界点はどこにあるのか。

第2章では、九龍ジョー氏、マキタスポーツ氏・矢野利裕氏、西森路代氏との対談により、さらに現代のお笑いや芸能界の実情をより複眼的・立体的に思考する。

 

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【お詫びと訂正】
本書289頁(後ろから6行目)にて「元芸人でライターのプチ鹿島さんが」という記述がございますが、「時事芸人でコラムニストのプチ鹿島さんが」の誤りでした。
謹んでお詫びを申し上げるとともに、ここに訂正させていただきます。大変申し訳ございませんでした。

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【目次】

はじめに――来るべき芸能/観客/大衆のために

第1章 人志とたけし

松本人志論

1 松本人志にとってお笑いとは何か
2 松本人志にとって映画とは何か
3 松本人志にとって神とは何か

ビートたけし/北野武論

1 ビートたけし/北野武の究極と最低
2 死に至る笑い――「くだらねー」ということ
3 神殺しとしての芸能

 

第2章 芸能から社会を、あるいは社会から芸能を読み解くことはできるのか?

1:芸能における観客とはなにか――九龍ジョー

・芸能とはなにか/・ダウンタウン革命:コンペティション化するお笑い
・芸能は本来少数者のもの/・松本人志の「失敗」と「希望」
・芸能観客論:芸を見ているのは誰か

2:芸能における身体とはなにか――マキタスポーツ×矢野利裕

・芸能者の身体性/・芸能と暴力性:一生懸命あるいは正直さが拓く可能性
・太田光とはなにか:「かわいい」と「かわいそう」のあわいで
・芸能から読み解く『ジョーカー』論/・笑いの民主化、先鋒としてのダウンタウン
・身体としての笑い:目の前にいる五〇人のヤンキーを笑わせることができるか?

3:芸能は社会と呼応するか?:二〇二〇年の地殻変動を読み解く――西森路代

・この批評は松本人志には届くのか:芸能批評とはなにか
・「壁ドン」をどう読み解くか:オルタナティブな自分の発見
・お笑いの流れにおける「脱松本化」とは/・お笑い第七世代、その多様性と表現
・「ガチの時代」のお笑いへ/・二〇二〇年に起こった衝撃の転換
・女性いじりはどう変化するか/・男性芸人はどう変わってきたか
・「お笑い」は社会の複雑さを飲み込んでいく/・多様なアイデンティティの可能性

 

◇杉田俊介(すぎた・しゅんすけ)
1975年神奈川県生まれ。批評家。法政大学大学院人文科学研究科修士課程修了。文芸誌・思想誌などさまざまな媒体で文学、アニメ、マンガなどの批評活動を展開し、作品の核心をつく読解で高い評価を受ける。著書に『宮崎駿論』(NHKブックス)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(作品社)、『長渕剛論』(毎日新聞出版)、『無能力批評』(大月書店)、『非モテの品格』(集英社新書)、『ドラえもん論』(P-ヴァイン)、『安彦良和の戦争と平和』(中央公論新社)などがある。
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