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ロンドンからマルセイユまで

第1回 テート・ブリテンの『大水彩画展』

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10年振りにロンドンを訪れると、来年のオリンピックの準備かあちこちで道路工事。お蔭で二階付きバスは裏道を迂回させられ、ピカデリー・サーカスでは渋滞極まって運行打ち切りになり、そこから先は降りて歩かなければならなくなったりする。一見するとさして昔と変わらぬ市内の風景も、イラン銀行の超モダンなビルが建っていたりする。歩いてみるとサンドイッチやピザとドリンクのカフェテリアが増え、マクドナルドやケンタッキーは影が薄く、イギリス風ファースト・フードの店が並んで、勤め人も観光客も手軽にランチが食べられて助かる。日曜日の午後、オックスフォード・サーカス周辺は若い人の群で埋まるが、みんな黒っぽいジャケット、ブルゾン、シャツ、パンツ、ストッキングといった地味な恰好で、買い物袋ももたず、ただ前屈みに歩いている。
30年振りにテート・ギャラリー、今のテート・ブリテンへ。同じスタイルだが一回り小さくなったイギリスの黒いタクシ−がチョコマカ走るのがなんだかもの悲しい。
「どちらのテート?」
「オールドの方、モダンでなく」。

テムズ河南岸のメリーゴーラウンド

テムズ河南岸のメリーゴーラウンド

テムズ河畔の宮殿のようなファサード、美術館はこうでありたいと思う高い天井と広い石のフロア、中央に大理石の彫刻一つ。フランシス・ベーコンとターナーに再会するのを楽しみにきたのだが、大水彩画展が2月16日から8月21日まで開かれていた。

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ドイツやオランダではすでに16世紀から行われていた水彩画が英国で18、19世紀に最高に発達し、ウォーターカラーといえばイギリスのお家芸と思われるほどになった。今ではカメラマンの仕事である探検や旅行の記録、神話や物語の挿絵、植物や動物の図録に、正確な輪郭線、多彩な色分け、幾何学的線遠近法など、同じ水の中から生まれたカラー写真のプリントを再度水に浸して色艶を薄め、印画紙の表面から紙の繊維の内部へ沈めたような筆触だ。水に溶いた不透明水彩絵具で、淡い油彩画ほどに精妙な風景や室内の情景、人物像を描けるのを見て、夢の中で油彩の細密画を見る思いがする。水彩画といえば水で溶かしたあいまいな輪郭と色合いの触感に魅力を感じていたものには、油彩画に劣らぬほどの精密な描写力に驚かされる。

週末のロンドン裏通り

週末のロンドン裏通り

ウォーターカラーの鑑賞者はやはりお年寄りが多い。出光美術館を何倍にも拡げたような雰囲気。トーマス・ガーティン、サミュエル・パーマー、ウイリアム・ブレーク……。何室も続く模写風、手描き写真風描画にいささか食傷し始めたとき、とつじょ、フレームのガラスの中の画用紙が白紙に戻ったというか、そこに光が射し込んでなにも形が見えなくなった。屋並みも家具も衣装もなくなって、光芒の中ほどにブルーグレイの四角い影がある。マッスというほどの厚味はなく、布地の端切れが宙に掛かっているふうだ。
ターナーだ。

(3)
20×30cm位の小さなウォーターカラーだが、広い部屋の四面にターナーの大油彩画が並んだ中に立って光の交叉に浮ぶ雲、海、浜辺、人影を舞台の垂れ幕を眺めるように仰ぎ見るときよりも、精細な水彩画の一連が一瞬途切れて、目が乳白色の幕に塞がれたかと思い、名前を見ると、やっぱりJ・M・W・ターナーと書いてあった。ブルーグレイの影と見えたのはピンクの朝靄に包まれた巨大な岩山で、海に浮び、上方の隅に太陽が昇り、下方に海鳥が小さく、木の葉のように舞っている。色のむらと斑点が幻想的だがまぎれもない海景に収斂していくのを目の当たりにした軽い驚きと感動。夢から覚める現実認識。後に美術史の中で革命的な先導者と位置付けられるようになる画家の問題となった絵は、同時代の人の目には不可解であったり、拙劣と思えたり、醜悪に見えたりする。美意識の断絶と反撥。形体の歪みというよりも否定、反転、破壊され、見る人が盲になる。眼底の血管が破れたり、まぶしい光に焼かれたり、硬い衝撃を受けたりしたからではなく、画布や画用紙の上の色と形が脳をあらぬ方へ捻るのだ。
子供の頃、両足を踏ん張って股の間から後ろの光景を覗くと、道や電柱が逆さまに見えて面白がったものだが、ふだん見なれている世界が転倒したり、裏返されたり、組み替えされたりすると、突然自分がモグラになったりトリになったような気がして、垂直に立っている人間から解放された気分になる。遊園地の遊びの快感、夢見心地だが、夢は窮屈で、ときに不安や焦燥感がある。アートは観る人に危害を与えず、もとの位置に残したまま、目眩を起こさせることも転倒させることもなく日常や因習から私の存在を解放させてくれる。われを忘れさせ、自由にしてくれる。文学よりも手軽に、即座に自分の殻を捨てさせてくれる。一枚の絵の前で、山の頂上に登ったような無我の境地にさせてくれる。文章を読むこと、映画を観ることはもっと持続した自由だ。
このギャラリーの地下にはクラシックなキャフェテリアがあり、チキンの煮込みなど美味しい料理の外に、契約した農場で作るオーガニックのザクロ、ブルーベリー、オレンジなどの果汁、ヨーグルトなどがあり、隣には爽やかな緑の風景の壁画のあるエレガントなテーブルクロスの掛かったレストランもあって、ここで一日を楽しむ人たちもいる。ギャラリーの前の岸からは白いスマートな遊覧船がテムズ河の下流のロンドンブリッジの手前にあるテート・モダンまで運んでくれる。テムズからの両岸の眺めはセーヌ河のそれより雄大だ。


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